前期高齢者でヤモメの下流老人の戯言

申し訳ありませんm(_ _)mペコリ、こんなブログで。

進歩

LEDと電波時計のこと。
別に関係性はありません。
ただ、その恩恵に浸っています。


晩酌をしてから寝ると、夜中に尿意を覚えて起きます。
そうゆうときには、単三電池一個だけの小さなライトを使います。
大きな電灯はまぶしすぎるのです。
ボヤーッとした小さな明かりが目にやさしい。
そこでLEDライトを持ってトイレに行きます。
昔の懐中電灯に比べたら、電池の持ちが良すぎます。
感謝です。

 

昨日、96歳の母を老人ホームに見舞いに行きました。
車がないので、バイクにまたがって。
ちょっと梅雨の中休みを利用して走りました。
すると、老人ホームで誕生会があってこれを貰ったと言います。
四角い箱を開けてみると、電波時計、それも壁掛け式の大きな時計。
ちょうどうちの時計が壊れていたので、早速貰って掛けました。
この電波時計もすごいです。
電池を入れると、すぐに時計の針が回り出します。
それもすごい速さで。
そして12時のところに来て止まりました。
そのまま電波を受信しているようです。
数分すると、また針が動き出して正確な今の時間に来て止まりました。

 

もう、時計の針を合わせたりする必要はありません。

昭和の時代には、時計の時刻を合わせたり、ゼンマイを巻いたりする係がいた。
一番背の高い父親の仕事だったかも知れない。
父親が年をとってくると、高いところは危険だからと言って、長男らの仕事になった。

 

そう言えば、昔のパソコンは時間が正確ではなかった。
そうか、スタンドアローンだったから狂ってきたりしていた。
今のパソコンは時計を合わせる必要はない。
OSが自分でネットにアクセスして拾ってくるのでしょうか。
それともブラウザでしょうか。
詳しいことは知りません。

 

まっ、いずれにしろ時代は進んでいるのです。
私が生きているうちに、車の自動運転は普及してくるのでしょうか。
自動運転と手動運転が混在している頃に、おさらばかも知れない。
その頃はIoTとかも進んでいるだろうし。
どんな時代か、面白そうだ。

原発は要らない。

原子炉という仕組みは、例えば車のエンジンのようにスイッチを切れば止まる仕組みではないのです。

スイッチを切っても他からのエネルギーを必要とします。

そして、他からのエネルギーが途絶えるとメルトダウンを起こし、チェルノブイリ事故や福島原発事故のようになるのです。

 

エネルギーを生み出す装置として、危険なときはスイッチを切れば済むわけではないということ。

このことをみんなは知りません。

原発ができる前までは、発電というものは普通に出来ていました。

なんの危険性もなく。

難しい仕組みは必要なかった。

 

ところが原発という仕組みを導入してから、たかが発電のためなのに信じられない莫大な危険を負うことになった。

いまの福島原発事故の実態を知れば知るほど、日本人は過ちを犯したことが理解できます。

なのに、いまでも一切事故から学ぼうとせずに、使用期限を過ぎた原発まで動かし続けようとしています。

日本人ってこんなに愚かな国民だったのだろうか。

違います。

 

間違ったら改めることができるはずです。

原発で大きなお金や既得権が生まれていても、それを変えることはできるはずです。

もう二度と原発事故はごめんです。

そのために国民ができることは一つです。

原発に反対することです。

 

もう拉致問題に残された時間はありません。

私が若い頃は、サービス業で働いていました。
長年働いていると、どうしても、お客様からのクレームが発生します。
そうゆうときは、どうゆう対応をすればいいのか。
このことはサービス業を経験したことのある人はみんな知っているはずです。

まずは、時間を変えること。
そして、場所も変えること。
最後に、対応する人を変えること。

日本には拉致問題というとても重要な課題があります。
この5年間、何も変わってきませんでした。
どうしてかというと、安倍捏三という人が変わらないからです。
この人を変えないと、拉致問題に決着はつきません。
拉致被害者の方々は、そのことを知るべきです。
そして声を上げるべきです。
もう時間はありません。

 

政治の話。

今の安倍政権は、これまで嘘、偽り、改ざん、捏造、隠蔽、などを何のためらいもなく、当たり前の手段として使っってきた。

その上に、今回は賭博という犯罪も容認できる法律を作ってしまった。

誠に恐るべき政権に成り下がってしまった。 

また、その妻である昭恵夫人大麻という麻薬まで肯定している。

一体この国はどうなったんだろうか。

国民に、簡単な善と悪というものがわからなくなってきたとしか思えない。

 

お題は体調管理ですか。

今週のお題「体調管理」

何でしょうか、特にこれが僕の体調管理と言えるようなものはない。
強いて言うなら、規則正しい生活でしょうか。
だいたい同じ時間に起きて、ほぼ同じ時間にめし食って、同じ時間に就寝しているはず。
生活としては、かなり質素な生活だと思う。
たまには高い食材でも買って調理しようと思わないでもない。
しかし、スーパーにゆくとやっぱり躊躇して、いつもの安いものを買ってしまう。

そうでした、体調管理でしたね。
できるだけ歩くようにはしていますが、寒いと怠けてしまいます。
もう少し春めいてくれば、気持ちよく歩けるのでしょうけど。
それに独り者ですから、自由ではあるけど行動に移すきっかけがつかめない。
アルコールも嗜んでいます。
たしなんでいるということは、節度を持って飲酒しているということかな。
毎日、晩酌をしている。
これは体調管理から見てどうなのでしょうか。
あまり褒めたものではない、生活習慣病に繋がるのか。
酒の種類は、一番安い焼酎を飲んでいる。
それも甲類だ、カロリーがないので太るようなことはないと思っている。
それに、夕食の時炭水化物は取らない。
ほとんどツマミぐらいしか取らない。
酒は百薬の長だと、ほぼ信じている。
ストレスは溜らないし、朝の目覚めもいい。
体温を少しあげるので、寝付きもいい。
このくらいが自分の体調管理と言えるのでしょうか。
おわり。

 

 

 

 

 

 

総理

私の生涯を振り返ると、安倍総理という人と全く逆の生き方をして来ました。
早くに家内をなくして、幼子三人を男手一つで育てました。
その頃は児童扶養手当もない自民党政権下でした。
だから、お金にも不自由しながら、まるで難民のような生活を送りました。

時々思うのですが、大きな権力も富もあるけど子供のいない恵まれた夫婦、という人達はいったいどんな生き方をするのだろうかと。
そんな興味ある人たちが、私にとっての安倍総理夫妻です。

比べてみると、私の送ってきた生涯とは、真逆な生き方をしている人たちです。
メディアから流れてくる彼らを見ながら思います。
自分の情熱を注ぐ対象がそばにいなかったら、どうするんだろうか?

権力も富も溢れていたら、きっと何もしないわけにはゆかないでしょう。
そうなると、自分の仕事を通じて卑近なお友達に情熱を注ぐしか無いのかな。
子供がいないので、そのぶんお友達との交流が一番の情熱を注げる対象となるのではないでしょうか。
そして、そのためなら自分ができるせい一杯のことをしてあげる喜び。
それが夫妻の生きがいにも繋がっているのでしょう。

そうしながら、交流できる人はもっといないだろうか?
自分たちの思想に近い人は見つけられないだろうか?
そして見つかったのが、籠池夫妻だった。
権力と金なら心配はいらない。
権力をうまく使えば、億単位の金も生み出せることができる。

いまは、ちょっとでも自分を擁護してくれる有名人がいたら、すぐ会って一緒に食事を楽しむことにも情熱を注ぐ。

しかし、心配なのが、彼らには子々孫々という観念が薄いようである。
かれらは、自分の寿命が終わればそれですべてが終わる。

でも子供を持った私達は、子や孫のことまで考えてやらねばならない。
この国の平和がずっと続いて欲しいということには絶対的な望みを持っている。

なのに、総理にはお友達以上に、自分の名誉や、祖先が持っていた希望のほうを大事に考えている気がする。
そんな偏った環境にある人間が、この国の大事な舵をとっているということが危惧される。

 

2018年の抱負

今週のお題「2018年の抱負」

来年の抱負ですか。
もう歳だから、あまり大きな目標とかは無理だと思っています。
始めるのに遅いとか年齢とかは関係ないというけど。
なぜか、起動力がないのです。

もう長いこと生きてきた。
老化に伴う耳鳴りもするし、歯も視力も衰えてきたような気がする。
政府はもっと働けというけど、年金も少ない。
年金が少ないから働けというけど、自分の生活を切り詰めるしか無い。
だからいまは、車も手放した。
買い物はバイクを使っている。
いまのような寒い日は、外出もままならない。
雨の日は、スリップの恐れもある。
暗くなると視力も落ちているし危険だから乗らないようにしている。

あと、後期高齢者の母親の介護のために、老人ホームのお金も払わないとならない。
これでもっと働けなんて、どうゆうことなんでしょうか。
私の願いは、平和と自由と豊かさです。
なのにいまの政府は、戦争準備と不自由と格差拡大です。
どうして国民はこんな政治を求めたのか、理解できません。

今年の一番の抱負が見つかりました。
それは安倍政権が終わることです。
それしかありません。

 

ありがとう、2017年

今年は20年ぶりに旅行をしました。
ひとりで三人の子を育ててきて、三番目の0歳だった子が二十歳になり、家を出た。
長男が家を出てから7年間ぐらい、彼のところに訪ねることはなかった。
しかし、やっと自分ひとりになれたので、長男の住んでいるところまで旅行に行ってみた。
すると、観光の準備や宿の手配などもしておいてくれた。
そして、一緒に観光して、温泉に浸かって、彼の予約してくれていた旅館に泊めてもらいました。
彼は不登校などで卒業が数年遅れたから、未だに学生をしていた。
そして今年の春、彼の納得する会社に就職できた。

そうしてみると、今年は大きな節目の年だったんだ。
就職してから初めて、この年始に帰省する。
また一回り大きくなっているのだろうか。
とっくに何もかも父親を追い越して成長してくれた。
父親として、こんな嬉しいことはない。
ありがとう2017年。
さようなら2017年。

ちょっと勘違いしていました。
旅行に行ったのは昨年の夏でした。
今年は彼が就職した歳でした。
お詫びして訂正いたします。

 

 

ジャーナリストの仕事

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権力者が大きな権力を持ち、横暴になればなるほど、国民もジャーナリストも強く抵抗するべき。そうしないとフェアではなくなる。なぜなら片方は権力を使えないから。

今年買ってよかったもの。

今年も、今年買ってよかったもの、が賑わっているけど。
あれって、アフィリエイトですか?
みんなが何かを買いたいけど、なにを買ったらいいのかがわからなくなっているみたいです。
片方、断捨離サイトもたくさんあるし人気があるようだ。
いらないものを買っては、その処分に困っているみたい。
でも、そうやってこの世の中の経済は動いている。
ものを消費しなかったら、経済は成り立たない。

究極の消費は戦争なのだろうか?
だから、資本主義社会では戦争は絶対になくならない。
歴史がくり返すのもわかるようなきがする。

季節さえもが、寒くなったり暑くなったりを繰り返している。
常夏の島に地球がなったら、誰か困るのかな。
暑すぎるのも困るけど、寒すぎるのも困る。
一年中、春や秋だけの場所はあるのかな。

でも、それじゃ経済は停滞して発展しない。
人間だけが発展を求めている。
地球上の生物や動物の中で、人間だけが早い変化を求めている。
あの宇宙まで、活動の域を広げてしまった。
それでも地上では、戦争や憎しみはなくならないで、殺し合いは続く。
これを進歩といえるのだろうか?

もしも、人間が類人猿の一種類だったら地球は傷つかなかった。
温暖化も汚染も広がらなかった。
さあ、人間が滅びるのは後どれだけの時が必要なのだろうか。
その時は、ゆっくりと訪れるのか、一瞬で終わるのだろうか。
こんなことを考えても仕方ない。
人間の進歩に抵抗を示して、できるだけ人間の時代を長引かせてみようかな。
どうやって?
わからない。

そろそろ、物欲から離れよう。

今週のお題「今年買ってよかったもの」

毎年年末の恒例である、今年買ってよかったもの。

そろそろ趣向を変えませんか。

ものだけでなく、目に見えないものも含めましょうよ。

だから、「今年出費してよかったもの」にしてください。

でも、僕にそんなものは存在しないのですけどね。

あっ、おもいだした。

今年の冬は、電気毛布、もしくは電気ブランケットでした。

これまで僕は、エネルギーの中では電気が一番高いと信じていました。

ところが、熱エネルギーはその出力されたエネルギーをどう保存するかというところまで思いが至らなかった。

熱は、逃さないで、一箇所に留めることが大事だということです。

まあ、そんなことは今週のテーマから関係のないことですが。

でも、電気毛布の簡易なものは一枚あってもいいと思います。

あと、今年出費したもので良かったものはなんだろう。

反対に、出費しなくてよかったものは、車です。

車ほど面倒で金を食うものはありません。

車に費やす金があるなら、もっと自己を成長させるために出費できる余地は無限にあります。

己の成長というのが、漠然としているけど。

別に成長でなくても良い。

己を癒やしたり開放したり、充電できたらそれで良いのではないでしょうかね。

生きざま?

どうなんでしょうか。

僕のように、前期高齢者でひとり者で、年金が月にして、10万円ぐらいの人っているのかな。

それに、子供が3人いて、男手ひとつで育ててきた人なんてほぼ皆無でしょうね。

かなりレアな存在なんだろうとは思う。

当時は、父子家庭には児童扶養手当もなかった。

今はあるのかな?

遺族年金は母子家庭だけ。

男だったら、働いて誰か女性と一緒になれ。

そうしないと適用できないだろう。

一人で幼子3人も育てられるはずはない。

国の政策も、そんなことは想定外だと。

もし、男がひとりで子育てをするのなら、知らないよ。

勝手にすれば。

そう云う時代でした。

でも、逆らったわけじゃないけど。

かっこ良く言えば、この子供らの母親はひとりしかいない。

この子らに、この人が新しいお母さんだよなんて言えない。

かっこ良く言えばの話だけど。

本当は、貧しい父子家庭に誰が苦労を知りながら嫁ぐ馬鹿はいない。

それに、哀れみで嫁いできてほしくもない。

慰みは嫌だ。

自分で慰めるすべは知っている。

子供たちを普通に成長させるためには、己は何の意味もない人間でいい。

世間に、どうさげすまれようが、ちっとも痛くない。

だって、家族が一番なんだから。

職場で身に覚えのない疑いをかけられても、真実は自分が持っている。

疑うものをあざけ笑うだけ。

だって、そこには真実はないのだから。

それを知っているのは、僕しかいないけど。

そして、そんな仕事も終わりを告げて、精神的には安らいでいる。

後は、自分の死をやがて迎え入れることが役目である。

もう誰からも支持されずに、疑われずに静かな毎日を送ることができる。

ただ他人を疑わなければならなかったような仕事をしなかったことが嬉しい。

それでも、長い間生きてきて、迷惑や苦労や苦しみを与えた人がいる。

そのことには、謝っても謝いきれないけど。

罪を犯すことが生きることなんだと悟る。

今日はごめん。

少しおかしいけど、これが己を吐露するということなのかもしれない。

では、おやすみなさい。

ネット通販が変だ。

近頃インターネットでものを買っても早くなくなった。

先日寒いので、電気毛布の簡易なものを注文しました。

しかし、注文しても一向に連絡がきません。

入金を確認しましたとか、商品を探していますとか。

その後に、連絡が途絶えます。

そして忘れた頃に、入金から計算すると、二十日以上かかるとのメールが届きました。

これは、商品の選び方が悪かったのか、私が優遇されない消費者だったのかわかりませんが。

これまで早すぎる配達に、申し訳ない気持ちもありました。

しかし、配達遅延に対しては何も前もって知らされません。

いつもの通りの時間がかかるつもりで、注文してもその商品は二十数日かかります。

それがわかるのは、注文してから一週間ぐらい経ってからです。

あまりにも早く届かなくてもいいから、5日ぐらいのうちには、届いてほしいものです。

それと、その納期にかかる時間は注文時にわかるようにして欲しいです。

日本の流通の素晴らしさに感動していた者にとっては、そのギャップに驚きます。

極端に早くなくてもいいのです。

普通でいいのですけどね。

 

 

 

人づくり革命

国が「人づくり革命」なんて言葉を使わなければならない施策はなんなんだろうか?
国民に対して、政権を担っている人から見たら、国民をもっと変えたいということなのだろうか。


でも国民から見ると、あなた達政権を担っている人が普通の良識のある人になって欲しいと思うのです。


人を云々する前に、あなた達がちゃんとした人づくりの対象になってください。
自分を差し置いて、他人を作り変えようなんて、お笑い草にしかなりません。

 

日本という国をもっといい国にしたいのだったら、お金と政治との関係を断ってください。


嘘や隠蔽をしなくては成り立たない政治、それは間違っているということを国民に見せてください。


国民の多くが、信頼が持てる政治づくりを、そろそろ初めてください。


政治に信頼が芽生えて、初めて国民の夢を託すことができる政治が始まります。


いつまでも疑いにまみれているような政治には、信頼は生まれません。


残念なことに、いまの日本の政治はそんな中に混沌としています。

浦島太郎のその後

浦島太郎は、その後どうやって生活したのだろうか?
玉手箱を開けたら煙がもくもくと出てきて、浦島太郎は白い髭が生えてしまった。
そうか、竜宮城で楽しんだことは幻か夢だったんだ。
でも思い出すと結構楽しかったんだ。
それはただの思い出に過ぎなかったけど。

それからの身の置き方には、なんの影響もなかったのかな。
老いてしまったら、過去を懐かしむ喜びさえも虚しい。
ただ毎日、魚を釣って少しばかりの晩酌ができたらいい。
もう誰も尋ねてくる人もいないだろうし。
番屋の囲炉裏に火を焚べて、どこかで仕込んだ酒を飲み床につこう。

 

浦島太郎には子供はいなかったのだろうか?
子供の代わりが、ウミガメだったのかな。

ある日に海に出かけると、またウミガメが砂浜にいたとか。
涙を流しながら、一生懸命卵を産んでいた。
産み終えたウミガメはやがて海原に帰ってゆく。

浦島太郎は、その産卵の後に、棒を立てて子亀がかえるのを見守った。
そしてある日、そこからたくさんの子亀が出てきた。
そして一目散に、大洋に向かって歩き出した。
そんな姿を目を細めてみていたのだろうか?

きっと浦島太郎は、ひとりで静かに死んでいったのだろう。
誰にも知られずに、大木が朽ちるように。
悠久の時間の中で、静かに息絶えたのだろう。
それでいいのだ。