下流老人の戯言

近頃感じるのは、晩節を汚す人がとても多いことです。

また台風が来る。

台風24号、名前を調べたらtarmiチャーミーって書いてあった。
どうして日本では名前で呼ばないのだろうか。
記憶では昔は名前を使っていたはず。
あれは戦後アメリカの影響だったのだろうか。
今度の台風も、まるで日本列島を仇のように選んだコースを取るようだ。
本当に日本は自然災害国家だと呆れると同時に感心する。
今の所気圧は950ヘクトパスカル
この数値が今より低くなると、かなりやばいような気がする。
また被災者が何人か出るのだろうか。
まさかその中に、自分は含まれないだろう。
そう誰もが思っているのかな。
人間なんて、確率の中で生きているわけだし。
そのことを一番わかっているのは、日本人なのかも。
生死を軽んじているのか、桜の花のような散り際の潔さを是とする。
決して正しくはないのに。
もっと命を大事にすることを目指してほしい。
命が、はかないから大事に生きよう。
はかないから、人の命の尊さを大事にしよう。
毎日のように聞こえる人身事故。
いじめによる自殺。
過労死。
上司からのパワハラで、納得できない仕事を命令されて死を選ぶ役人。
良心の欠片も持ち合わせていない政治家たち。
犯罪を犯しても、罪の意識も感じずに、堂々とメディアの前に出てくる。
情けない国になったもんだ。
台風からこの国を憂えることに脱線した。
田舎には、頑丈な建物は存在しません。
私が小さい頃は、防空壕に避難したもんでした。
ご近所さん数軒と一緒に。
みんな優しかった。

規格外の手帳

今週のお題「わたしの手帳術」

働いているときはいろんな手帳を使ったりしていました。
最初はシステム手帳、バイブルサイズとかの。
大きさも厚さもいろいろ、当時は一種の流行りだった。
でも金属のリングが邪魔になってきたりして、最後は軽い能率手帳でした。
ところで、先日残っていたこの手帳を見て、中のリフィルを外してみました。
すると、この手帳のカバーが使えるじゃないかと思った。
でももう、手帳はほとんど必要ない。

しかし、貧乏性にはこのカバーはもったいない。
そこでこのカバーにあうリフィルを売っていないかと探したのです。
しかし、合うのがないのです。

手帳屋さんは、通常規格のサイズの手帳だけを販売していたわけではなかったのです。
それでも頑張って、検索でやっと探しました。
このサイズに該当したのは、万年筆で有名なパイロットのコレトという種類の手帳でした。
それもいろんな手帳のうちの一部だけでした。

リフィルの寸法は153×90mmです。
A6でもなくB6でもない。
まして、はがきサイズでもない。
中途半端なサイズです。

ただ、同じようなサイズのリフィルを探している人が他にもいたのです。
それは、ANAの会員手帳を持っている人でした。
その上等な会員手帳のカバーがもったいない。
今はもう支給されなくなったらしいので、それに合うリフィルを探していた。
それがパイロットのコレトの中のある種類のリフィルだったんです。

私はもう、カレンダーとかは要らない。
ただメモができさえすればいいのです。
スケジュールも、TODOも要らない。
手帳も自由、目立たない罫線があればそれでいい。

この前は、誰も使われなくなったノートを裁断してリフィルを作りました。
それでも、ほとんど使われない手作り手帳です。
近頃は文字を書くより、タイピングのほうがずっと楽になってきている。
これも老化現象なのかな。

病気にならないと健康のありがたさには気づかない。l

病気をしたときに健康のありがたさが身にしみる。
よく、そう言います。
本当にそうだと思います。

これを日本の経済に当てはめて考えてみました。
一番元気があったのは、バブルの弾ける前だったでしょうか。
あの頃私は、この国はついにユートピアを作ってしまったかのようだ。
そう思えるほどの好景気でした。

そしてバルブは弾け飛びました。
どうして日本の経済学者たちは、弾ける前の風船から少しずつ空気を抜くことができなかったのでしょうか。
経済を専門とする学者たち誰もが、そのうち弾けることに気づかなかったのでしょうか。
これまで日本から、経済学者の誰もノーベル賞をもらった人がいない。
なるほどと頷けます。

今の日本の経済は、どうにかして日本を病気にしようとしているかのようです。
物価を2%上げる必要があるという。
日本円の価値を下げて円安になるようにしている。

バブルの頃は、外国の商品がとても安くで輸入できた。
その舶来品を国民誰もが享受できた。
ところが今は逆だ。

外国の人達が、日本の製品は安い、日本に行って買い物をしようという状況だ。
経済的な弱者はエンゲル係数が上がり、商品の値段が高いと感じている。
しかし、国の方策はもっと物価上昇を進めようとしている。
物価を高くしないと経済は良くならないと言っている。
給料は下がり続けている。

このような経済を見ると、一度この国を重篤な患者にしたいのではないか。
景気の減退から、好景気にするには一度落ちるところまで落とさないとならない。
景気が落ちて、多くの人が困りだして初めて景気が底を打ち、持ち直す。

この世界はすべてが波で構成されている。
景気ももちろん、波である。
どこかで波のベクトルを変えなければならない。

景気が悪くならないと、景気の好循環は起こらないということだ。
今は景気を悪くしている状態だ。
もっと景気の悪さは続くだろう。

波のベクトルが変わってゆっくりとした景気上昇が見えてから政治家はいう。
これから景気は少しずつ良くなりますから。
どうです、私達の政策は間違っていなかった。
すべて景気の改善を数値が示していますと。

朝だ。

さあて、そろそろ朝ゴハンにするか。
ご飯と味噌汁と、豆腐か納豆。
卵をどうするか。
できるだけ簡単に済ませたい。
時々はスケジュールも見ないと、この前は資源ごみの日を失念していた。
血圧の薬をもらうのは、ついたちだった。
連休も近頃は忘れている。
自分中心に世の中が回っているのではない。
学校や、会社の休みも忘れないように。
運動も大事、努めて歩くようにしよう。

新しく画像処理ソフトはGIMPをインストールした。
少し慣れる必要があるかな。

昔の話になった。

今朝は朝から雨が降っている。
たぶん1日、こんな天気だろう。
昨日自転車を修理してもらって助かった。
結局虫ゴムが壊れていたのだ。

この虫ゴムという言葉が出てきたのも、何十年以来じゃないのかな。
昭和の時代に覚えた言葉が、スラっと出てきたけど、いまでも通じるのか。
今はバルブとか、弁というのかな。

未だかってその仕組みを知らない、そのうち調べてみよう。
どうやったら、一方通行になるのか。

たしか、電気でも一方通行ができるものがあった。
セレンと呼ぶもの、ダイオードもそうかな。
これらによって、交流を直流に直しているとか聞いた。

そういえば、昨日ラジオで鉄道の話をしていた。
鉄道にも、交流と直流があって区分されているとか。
この話も面白そうだ。
直流の軌道と交流の軌道があるわけ、その理由は?
いろんな疑問が生じてくる。

でも今はその気になれば、インターネットが教えてくれる。
なんと進んだ時代になったもんだろうか。
昔はね、百科事典というものがあってね、みんなが欲しがったもんだ。
一冊が電話帳のように分厚くて、それが何冊も本棚に並んでいたもんだ。

明らかに時代は変わった。
電話も昔は、黒電話でダイヤルも付いていなかった。
付いていたのは、ハンドルでした。
そのハンドルを手で回すと、受話器から交換手の声が聞こえた。
そこで確か、相手の電話番号を伝えたような気がする。
すると、交換手がヘッドセット?のようなものをつけて目の前の機械に向かってプラグを差し替えたりしてつなぎ替える。
一時期、姉がその仕事をしていたのを思い出した。

その頃のカメラは、写真機で「組み立て」とか呼ばれていた。
名前の通り組み立てる写真機でした。
木で出来た三本の足を組み立てて、繋いで三脚を作る。

その上にレンズやすりガラスでできた箱をのせる。
すりガラスの方に、赤と黒の布をかぶせてその中に頭を突っ込む。
手には、昔カエルをぴょんぴょんと動かすおもちゃ。
空気を入れた、手のひらに包み込む位のゴム製のものが握られていた。

それがゴムのチューブで写真機につながっていた。
それがレリーズの原型だった。
その空気の入った握りを握ると、シャッターが切れる仕組みだ。

ストロボの代わりはマグネッシュウムの粉に火を付ける。
ぼっと炎が出て、ぱっと明るくなって、煙が立ち上る。
もう覚えている人なんてほとんどいないだろう。

昔話だ。
昔話をするようになったら、老いてきた証だ。
この辺にしておくか。

パンク修理

自転車の後輪がぺったんこ。
先日空気が少なかったので、少し力を入れて空気を入れた。
それが災いしたのだろうか。
空気を入れた次の日は、ペッタンコになってしまう。
チュウブの交換を動画サイトで探して、自分でやろうと考えた。
自転車をひっくり返して、道具箱もそばまで運んだ。
しかし、チュウブを抜き出す道具も持っていない。
こうゆうときは諦めも肝心だ。

近くの自転車店まで乗らずに押して運んだ。
一汗書いた。
すみません、こんなボロボロの自転車ですが、パンク修理できますか?
そう聞いてみた。
すると気安く、すぐに修理に取り掛かってもらえた。
そしてすぐに、悪いのは虫ゴムだとわかり交換してもらえた。
ついでに、前輪の虫ゴムも交換してもらえた。
ハンドルやブレーキの調整までしてくださった。
そして料金を聞くと300円だと言われる。
いくらなんでもそれは安すぎると思ったけど、感謝しながら支払った。

帰りは、来た道を爽快な気持ちで風を切って帰ることができました。
途中、小学校では、運動会の練習をしていました。
一時は自分でタイヤ交換までやろうと思った自分を恥じた。
こうゆう修理屋さんが、田舎では社会に役立っていることを改めて感じた。

今度バイクを買うときは、ここで買おうと思った。
今のホンダリード110が寿命を迎えたらDio110にしようかな。
そう決めた。

自分がおじいちゃんです。

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」
もうすでに、おじいちゃんもあばあちゃんも天国です。
薄っすらと、淡い記憶は残っています。
あの頃から、孫は嬉しかったのだろう。
僕をチヤホヤとかまってくれた記憶はある。
昔の人は、人情に篤かったような気が漠然と残っている。
人は裕福になるにつけて、なさけを蔑ろにしてきたのかもしれない。
母型の爺さんは、いつも目を細めて笑顔を振りまいていた。
彼の仕事は、樽づくりだった。
プラスチックなんて無い時代。
桶、や樽は手作りだった。
桶や樽に水を貯めると、隙間から水が漏れる。
ところが、少し時間を置くと水漏れはぴたっと止まる。
今の人はにわかには信じられないだろう。
その理由が。
外国でもウイスキーやワインは、手作りの樽に保管していた。
その樽に使われる木材が旨味を手伝ったりした。
だいぶ話はそれてしまった。
桶や樽を作っていたおじいさんは晩年まで、美味しそうに焼酎を飲んでいた。
まだ未成年の僕が訪ねると、焼酎に砂糖を入れて勧めてくれた。
私も、晩年になったら、そうゆう飲み方をしようと思っている。
孫はいないけど。

未練なのかな。

引き際の美しい人という人がいるのかな。
芸能界のことには疎いけど、いま話題の安室奈美恵さんですか。
以前、山口百恵さんという人もいました。
いくら芸能界に疎いと言っても、名前ぐらいは知ってはいます。
それでも、今のポジションをあっさり捨てられるというのは羨ましいのかな。
毎日食べるために苦労している人は、はいさようならとはいかない。
明日からも食べなければならないから。
いくら理不尽なことを強制されても、辞めますとかかんたんに言えない。
そんな人がいっぱいでしょう。
でも、ある程度?成功した人たちはできるんですよ。
それが。
引き際の美しい人は、恵まれた人でもあるんだな。
政治家は、名声を保つために続けるのだろうか。
長年続いてきたある規則を変えてまで、君臨したいという欲望に目覚めるのか。
そこにどれほどの蜜があるのだろうか。
権力ほど、永らえると困ったものになる。
それは、歴史が証明している。
それでも、永らえさせるしかできない仕組みができてしまったのだろうか。
少しこの先、暗雲が立ち込めているような気がする。

戯れ言と妄想

先日、Ubuntu16.04から18.04にアップグレードしませんかという案内がきました。
新しい物好きなので早速挑戦しましたが、どうも失敗してしまいました。

年寄りでコマンドなどの操作もわからないから、結局最初から入れなおしたわけです。
そして、また環境作りを兼ねながら少しずつ知識を増やそうとしています。
少しずつカスタマイズも、僅かですが加えながら。

これほどのOSを無料で使えることに驚愕しながら。
じゃああのWindowsとはいったい何だったのだろうか。
いまでも使って入るけど。

Linuxを作り普及させた人たちの行為はいったい何だったのだろうか。
その違いに驚きます。

今の資本主義社会と、それとは違うものの社会まで想像させるのです。
自分の頭脳を使って、富を得るのではなく、社会のみんなが自由に何かを得られる。
そのために尽くすほうが大事だという哲学なんだろうか。
もしそうなら、ついつい頭が下がってしまう。

もしそれと同じような考えの社会が築けたらどんな社会になるのだろう。
以前、福岡で餓死した人が、オニギリを食べたかったと言い残したことがあった。
今でも餓死する人が時々ニュースになる。
そこで、突飛な意見だけど、コンビニに無料の塩オニギリを置けないのだろうか。
そうすれば餓死しなくて済む人がいるかもしれない。

憲法生存権、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
餓死の防止対策は、その最低限度よりかなり低い程度かもしれない。

その塩オニギリに、どれほどの費用がかかるかは知らない。
たぶん、軍備を拡大する費用で補えるぐらいではないのだろうか。
どこかのコンビニで廃棄される食べ物があると聞く。
その期限切れの食べ物をホームレスに手渡すような話も聞いたことがある。

善意のあるどこかのだれかが、始めることができれば、それはまるでLinuxだ。
そんな、他愛のないことまで考えさせてくれた今回のOS騒動でした。

養生訓

歳をとると、養生するべきだとは思うのです。
養生とは

1.衛生をまもり健康の増進に心がけること。また、病気をなおすように努めること。
「医者の不―」
2.
建築工事などで、破損防止の手当。
「コンクリートの―」

2の、建築工事関係のかたがこの言葉を使っているのを知ったのは、だいぶ長く生きてきたあとでした。

貝原益軒 養生訓】
酒は天の美禄(びろく)なり。少のめば陽気を助け、
血気をやはらげ、食気をめぐらし、愁(うれい)を去り、
興(きょう)を発して、甚人に益あり。(巻第四の44)

「酒は天の美禄なり」とは、酒は天から与えられた手厚い俸禄(ほうろく=職務に対する報酬で、米または銭)だという意味です。

「客に美饌(びせん)を饗(きょう)しても、みだりに酒をしゐ(ひ)て苦ましむるは情なし。大に酔(よわ)しむべからず。客は、主人しゐ(ひ)ずとも、つねよりは少(すこし)多くのんで酔(よう)べし。主人は酒を妄(みだり)にしゐ(ひ)ず。客は、酒を辞せず。よき程にのみ酔(よい)て、よろこびを合せて楽しめるこそ、是(これ)宜しかるべけれ」(巻第四の49)

 客にご馳走するときに、むやみに酒を強いてはいけないと戒めたうえで、客は主人がすすめなくても、日頃よりも多く飲んで酔うべきだというのです。

家内を亡くしてからは、ずっとひとり酒ですがたしなんでいます。
毎日の楽しみはこれしかないような気がします。

嗚呼、増殖電脳マシン。

気がついたら、パソコンが増殖していた。
なんと、デスクトップが2台と、ノートが2台に。
全部が捨てられていたような低スペックマシンだけど。
昔の時代遅れの老人にとっては、ネットやオフィスもどきやフリーソフトが使えたらそれで満足なんです。
だから、何年も長い時間かけて全部合わせて3万円ぐらい使ったのかな。
結局古いものの部品をもったいないからと流用したりして、こうなってしまったようなもの。
もともと貧乏性だったから、増えたとも言えます。

今回も、OSが壊れたので新たにインストールし直そうとしたけどできなくなった。
その他には、捨てられていたような3千円ぐらいのデスクトップが2台あった。
1台はWin10、もう1台はUbuntu16、cpuはcore2duoとi3だからほとんどゴミのようなもの。
しかし、もし外出したときにはデスクトップが2台あってもどうにもならない。
出かけるときにはノートは必要だ。
仕方がない、今のこのOSを入れられなくなったパソコンは諦めよう。
しかし、このバッテリーやHDDやメモリを使えるなら同じタイプのマシンがいい。

ということで、これも時代遅れのcore2duoにWin10のセットを10000円で買ってしまった。
ところが、いろいろやっていたら諦めていた古い方のノートにUbuntu18.04をインストールできてしまった。
その結果、ついになんとも全部で4台になってしまったという話です。

全部ネットに繋がるし、うちの中でどこにいても手が届くところにパソコンが有る。
ゲームはやらないし、動画の編集なんかもやらない。
だからおじいさんにはこの低スペックな機械でなんら不自由はない。
それにしても、数だけあっても困る。

果たして、どうしたもんだろうか。

OSの日本語化

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いろいろ試しましたが、簡単ではないようです。
古いバージョンならできていたのですけど。
この際、USのキーボードでも買ってみますか。
でもノートの場合は取替えできないし。
日本語が使えないわけじゃない。
ただ一部のキーだけが違うところにあるだけです。
そんない頻繁に使うキーでもない。
そのうち解決策を誰かが考えてくれるかもしれません。
しばらくこのままで遊ぶことにします。

OSの入れ替え、完了。

ついに、Ubuntu18.04ATLに入れ替えました。
もう一台のパソコンにHDDを付けて、BIOSをいじって、USBを挿して。
すると、インストールが始まりました。
そのインストールが終わったHDDを外して、もとのパソコンに装着。
そして、Ubuntuで使えるようになりました。
ブラウズも入れて、日本語も使えるようにしました。
ただ一つ困ったのは@マークが入力できなかったこと。
いろいろ調べたけど駄目でした。
そして結局、シフトキープラス2で代用することにしました。
この症状はマックOSであるらしいけど、とりあえずこのままにしときましょう。
この数日いろいろと悩みました。
楽しい悩みでもあったのですけど。
OSさえ使えるようになれば、あとは何でもOKです。
これからは、マイクロソフト社も大変ですね。
ビルゲイツさんもOSで金儲けできなくなりました。
こんな立派なOSが無料で使えるようになるとは。
ありがたいことです。
もっと若くて金に不自由していなかったら応援できるのですけど。
ごめんなさいです。

今日の戯れ言

あり得ないことなんだろうけど。
たぶんHDDをフォーマットしてもただ、オペレーティングシステムが見つかりません。
そうゆうふうになって終わるのかな。
フォーマットしても変わらないだろう。
なぜなら、HDDを起動機器から外してもUSBからブートしなかったから。
そしてOSが見つかりませんとBIOSが言うだけ。
なんとなく結果が見えだした。
このノートパソコンは、OSの無いパソコンで終わるのかな。
何度も、BIOSをデフォルト状態に戻してみても同じだった。
諦めるしか無いのか。

まるで、アドミニストレターの権限を守るために、新しくOSを入れ変えることさえも拒否しているかのようだ。
あり得ない。
パソコン談義もこのくらいにしておこうか。

話し変わって、北海道の停電だけど。
いまもって、本当の原因がつかめていないらしい。
いろいろ憶測は出ているけど。
対応できないことが起こったことだけは事実でしょう。
そんな電力会社に、また原子力発電所を運営させて大丈夫でしょうか。
未だに本当の原因がわからない想定外の停電が起きたら、想定外の原発事故もまた起こっても不思議ではない。
そう思います。
原発はすでに、もう過去の装置になりつつあると思う。
そんな原発をやめられない国の政策は終わって欲しい。

欲を出したら、全部を失ったのか。
北方領土のことですが。
もう日本に帰ってくることはないでしょう。
安倍とプーチンでもダメ。
そこに長い時間が介在した。
時間というものは、いまの状態が続くように作用する。
モリトモ問題も、時間を経てウヤムヤのうちに終わる。
いつか事実は葬られる。

BIOSとOSとの不思議な関係?関係はないだろう。

まるでOSがBIOSの起動順番を否定しているかのようです。
他のパソコンなら、ちゃんとBIOSの設定通りに、USBからUbuntuのインストールが始まるのに。
このノートパソコンだけが、BIOSを否定して強引にHDDからWindowsを立ち上げる。
なぜなんだ、いくらBIOSをいろいろ変えてみても同じだ。
ひとつ気になるのは、Windowsに管理者のアカウントがあり、これのパスワードがわからないということ。
でも、そのことと新たにOSを新規に入れるということは関係ないはず。
そこまで管理者の意思が影響するはずがない。
OSがBIOSの中まで入り込んで邪魔をするはずがあろうか。
それにしても、このパソコンだけが頑固に他のOSインストールを拒否する。
不思議なことがあるものだ。
BIOSの設定でHDDを起動対象外のところに置いてみる。
するとUSBを刺してあるのに、オペレーティングシステムが見つからないという。
でも他のパソコンなら、ちゃんとUSBからブートしてインストールが始まる。
なんか、狐にだまされたような気分だ。
USBを認識していないのかと思ってマイコンピュータから見るとちゃんと認識されているのです。
このパソコンだけが、そんな調子です。
他のパソコン、2台でUSBを挿して立ち上げて見ると、ちゃんとインストールが始まる。
大丈夫なんです。
どうして、WindowsからUbuntuに乗り換えるかというと、Ubuntuを使ったらソッチのほうが使いやすかったのです。
それに、このパソコンに入っているWindowsは少し怪しいみたいで、まもなく認証が切れると表示されるのです。
それならいっそ、入れ替えようと思ってやっているのですが。
で、次の手である判断は、HDDをフォーマットしてしまおう。
そうすれば、いくらがんこチャンでも、諦めるだろうと言うことです。
さて、この先どうなるでしょうか。
楽しみです。
でもスムーズにインストールできても、原因はわからないことになりそう。
なんとなく、すっきりしませんね。
それとも、フォーマットしてもインストールを拒否するのかな。
さて、どうなるのでしょうか。