下り坂を楽しもう

人生を折り返して、下り坂も終わりに近い爺の戯れ言

総理

私の生涯を振り返ると、安倍総理という人と全く逆の生き方をして来ました。
早くに家内をなくして、幼子三人を男手一つで育てました。
その頃は児童扶養手当もない自民党政権下でした。
だから、お金にも不自由しながら、まるで難民のような生活を送りました。

時々思うのですが、大きな権力も富もあるけど子供のいない恵まれた夫婦、という人達はいったいどんな生き方をするのだろうかと。
そんな興味ある人たちが、私にとっての安倍総理夫妻です。

比べてみると、私の送ってきた生涯とは、真逆な生き方をしている人たちです。
メディアから流れてくる彼らを見ながら思います。
自分の情熱を注ぐ対象がそばにいなかったら、どうするんだろうか?

権力も富も溢れていたら、きっと何もしないわけにはゆかないでしょう。
そうなると、自分の仕事を通じて卑近なお友達に情熱を注ぐしか無いのかな。
子供がいないので、そのぶんお友達との交流が一番の情熱を注げる対象となるのではないでしょうか。
そして、そのためなら自分ができるせい一杯のことをしてあげる喜び。
それが夫妻の生きがいにも繋がっているのでしょう。

そうしながら、交流できる人はもっといないだろうか?
自分たちの思想に近い人は見つけられないだろうか?
そして見つかったのが、籠池夫妻だった。
権力と金なら心配はいらない。
権力をうまく使えば、億単位の金も生み出せることができる。

いまは、ちょっとでも自分を擁護してくれる有名人がいたら、すぐ会って一緒に食事を楽しむことにも情熱を注ぐ。

しかし、心配なのが、彼らには子々孫々という観念が薄いようである。
かれらは、自分の寿命が終わればそれですべてが終わる。

でも子供を持った私達は、子や孫のことまで考えてやらねばならない。
この国の平和がずっと続いて欲しいということには絶対的な望みを持っている。

なのに、総理にはお友達以上に、自分の名誉や、祖先が持っていた希望のほうを大事に考えている気がする。
そんな偏った環境にある人間が、この国の大事な舵をとっているということが危惧される。