下流老人の戯言

近頃感じるのは、晩節を汚す人がとても多いことです。

生きざま?

どうなんでしょうか。

僕のように、前期高齢者でひとり者で、年金が月にして、10万円ぐらいの人っているのかな。

それに、子供が3人いて、男手ひとつで育ててきた人なんてほぼ皆無でしょうね。

かなりレアな存在なんだろうとは思う。

当時は、父子家庭には児童扶養手当もなかった。

今はあるのかな?

遺族年金は母子家庭だけ。

男だったら、働いて誰か女性と一緒になれ。

そうしないと適用できないだろう。

一人で幼子3人も育てられるはずはない。

国の政策も、そんなことは想定外だと。

もし、男がひとりで子育てをするのなら、知らないよ。

勝手にすれば。

そう云う時代でした。

でも、逆らったわけじゃないけど。

かっこ良く言えば、この子供らの母親はひとりしかいない。

この子らに、この人が新しいお母さんだよなんて言えない。

かっこ良く言えばの話だけど。

本当は、貧しい父子家庭に誰が苦労を知りながら嫁ぐ馬鹿はいない。

それに、哀れみで嫁いできてほしくもない。

慰みは嫌だ。

自分で慰めるすべは知っている。

子供たちを普通に成長させるためには、己は何の意味もない人間でいい。

世間に、どうさげすまれようが、ちっとも痛くない。

だって、家族が一番なんだから。

職場で身に覚えのない疑いをかけられても、真実は自分が持っている。

疑うものをあざけ笑うだけ。

だって、そこには真実はないのだから。

それを知っているのは、僕しかいないけど。

そして、そんな仕事も終わりを告げて、精神的には安らいでいる。

後は、自分の死をやがて迎え入れることが役目である。

もう誰からも支持されずに、疑われずに静かな毎日を送ることができる。

ただ他人を疑わなければならなかったような仕事をしなかったことが嬉しい。

それでも、長い間生きてきて、迷惑や苦労や苦しみを与えた人がいる。

そのことには、謝っても謝いきれないけど。

罪を犯すことが生きることなんだと悟る。

今日はごめん。

少しおかしいけど、これが己を吐露するということなのかもしれない。

では、おやすみなさい。