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前期高齢者になった男の戯言

死別で子供3人のシングルパパを経て前期高齢者になった男の日常

原発事故から6年が経過した。

まだ原発がない時代と、その後原発が50数基できて動き出してからの私達は幸せになったのでしょうか。
そして今、原発の殆どを停めてしまった今、私たちは不幸になったのでしょうか。

反対に、原発の事故が発生して、そこの住民たちがどれほど不幸を味わったか。
そしてその不幸はもっともっと長く続くという。
廃炉の行方も全くめどがつかない、あと何年、何十年、何百年かかるかも見通せない。

そんな原発を作り、動かすことで幸せを掴んだ人は誰なのか。
事故で不幸になった人ははっきりしている。

たかが発電するのに、もし事故を起こしたらこんなにも迷惑な装置が必要なのだろうか?
原発ができる前、発電は水力や火力発電等を使っていた。
故障したらいつでも対処でき周辺の住民に迷惑をかけることもなかった。
当時発電は、「たかが発電」だった。
しかし原発ができてからは、もう「たかが発電」、とは言えなくなった。

たかが発電に、こんな得体の知れない、修理や保守の面倒な、もし事故が起こった時は対応のできない装置。
たかが発電するために、こんなものは必要ない。
夢のエネルギーは妄想で、事実は不幸のエネルギーだということがわかった。
国は速やかに、廃炉の計画を作り取り掛かるべきである。
そして、たかが発電と呼べる安全安心な発電方法があるのに、全てにこれを使わない理由はない。

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