下り坂を楽しもう

人生を折り返して、下り坂も終わりに近い爺の戯れ言

消費税の特異さ

前回、生きるということは消費することと書きました。
生きてゆくためには、電気も水道もガスも消費します。
この世にオギャァ!と生まれたら、オムツもミルクも消費し始めます。
それに、衣・食・住も生きてゆくためには必要です。
そして、これらには、消費量に対しておなじ比率の消費税という税金がかかります。
だから、生きるためには無条件に課税されるのです。
徴収する側から見たら、とても便利な徴収システムになっています。
逆説的に言うなら、納税できないのならあなたの生存は危うくなりますよ、とも言えるのです。
これまでも、納税できなくて餓死した人もいました。
オニギリを食べたかったと言い残して、餓死した人も居ました。
それに、毎日のように起こっている人身事故という自死
それらのすべてが、経済的理由だけではないかもしれませんが。

すべての国民から、おなじ利率で徴収した税金は国に集められます。
そして、その資金は、大きな権力を持った人たちで分配します。
組織が大きくて、権限のある大きな声を上げられる人たちのところに回されます。

そして、その団体や組織に協力し加担するものに、分配される仕組みになっています。
声を上げれない、小さくて権限を持たないマイノリティは、無視されます。
マイノリティからも消費税として、同率で吸い上げられた税金という資金は、上流からの流れの途中で消えて末端まで回ってきません。

消費税とは、そんな非情な不合理で理不尽な仕組みの税制です。
さぞかし、頭のいい狐のような人、おっと狐に申し訳ない。
かと言って狸でもないし、たぶん、人間の心を見失った権力者が決めたのでしょう。